眼の病気「羞明」とは!?

こんにちは。
先天性の視覚障害(弱視)を持つ26歳社会人です。
僕の眼の症状については、以前このブログの記事で紹介をしました。
視覚障害を持って生まれた。
今回僕の持つ視覚障害の症状の中で、あまり知られていない「羞明」について書きます。

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羞明とは何か。
インターネットで検索してみると「光を過度にまぶしく感じてしまう状態」と出ます。
ちなみに「夜盲」は比較的多く耳にする言葉ですが、これは暗い場所で視力が下がる症状ですね。
つまり「羞明」は「夜盲」の逆の症状と言って良いでしょう。
そして「光を過度にまぶしく感じてしまう状態」はまさにその通りです。

「羞明」の原因は何か。
何故光をまぶしく感じてしまうのか。この原因は沢山あります。
それは、角膜の異常や光の量を調節する虹彩の異常です。
また、神経疾患でも羞明は起こるので、ここでは書ききれません。
一番多いのは白内障ですね。
白内障では光の経路である水晶体が濁るので、光が乱反射してまぶしくなります。
この症状は多くの方が経験するでしょう。そして、対策は水晶体の手術です。
予後に関係なく、手術で少しでも羞明が改善するならいいですよね。
しかし、僕の「羞明」は手術で治す事ができません。
また大学生になり知ったのですが、僕はかなり強度の強い「羞明」だったのです。
では自分に「羞明」が起こっている原因は何か。
主治医に聞いてみました。
すると「錐体細胞の変性が原因、また中心暗点もこの為に起こっている」と言われました。
そして眼の画像を見せて貰うと、白く映るはずの細胞が黒く映っていたのです。
僕の眼の診断名を思い出すと、視神経萎縮症か「錐体桿体細胞ジストロフィー」でした。
錐体細胞=色覚と中心視野に関与する細胞
桿体細胞=明暗に関与する細胞

僕は色の識別は出来るのですが、実は色盲検査では全く検査不能となります。
つまり、診断名はなくても「弱い色盲」を持っているのです。
こう考えると、何故自分が光をまぶしく感じるか、が分かってきます。

対策は何か。
「羞明」に対する対策が手術では困難。
この対策は、実は自分で見つけました。
学生時代、屋外の授業で大きなサッカーボールが見えない!?
中心暗点がわずかにあるものの、視野はほぼ正常。
そして視力が0.1。
これだけあれば、サッカーボールが見えないはずがありません。
しかし、学生時代自分は見えなかったのです。
そうです。
「自分が人より異常にまぶしさを感じる」事を知らなかったのです。
今思うと本当に怖い話ですね。
世の中に、「自分の異常に気づかず生活している人」は、意外と多いのかもしれません。
「羞明」とその「対策」に気づいたのは、高校時代の部活のおかげでした。
高校に入学した時、とにかくスポーツ部に入部したいと思いました。
しかし球技ができない。ボールが見えない。では何があるか…。
弓道、柔道、空手。。。そうです、武道です。
ただ、高校生から未経験の武道を始めるのはかなりの抵抗がありました。
そして出会ったのが「水泳部」です。
全身運動であり、弱視でも出来る。これなら行ける。と思い入部しました。
その時に使用したのが「水中ゴーグル」です。
これが羞明を知り、対策を立てるきっかけとなったのです。
プールで水中ゴーグルをかけた瞬間に、世界が変わりました。
えっ、太陽の下でこんなに見えるの!?
カメラで言うとまさに「適正露出」でした。
そこから僕の屋外活動では「サングラス」が絶対必要な物になりました。
サングラスは眼鏡と同じで傷がつきます。傷が付くと視界が悪くなります。
その為、今ではストックを含め4つ程のサングラスを持っています。
この症状と発見を主治医に伝えると、やはり対策はサングラスだと言われました。

「羞明」を持つ人が、屋外に出るとどう見えるのか。
こればかりは当事者でないと分かりません。
と思ったら、上手く伝える方法がありました。
カメラです。
カメラは「人の眼を作ろうとしたのではないか!?」と思うくらい構造が一緒です。
露出を挙げて撮影する事で、本当に裸眼で屋外に出たような画像が得られます。
最後のその比較画像を載せて終わりたいと思います。
DSC00383.JPG
暗い屋外から外に出ると、人間は適正露出で認識できるよう眼と脳が調整してくれます。
これは、明るい青空でもまぶしく感じませんよね!?
では僕が裸眼で屋外に出るとどうなるか。
それがこちらです。
DSC00381.JPG
まさにこんな感じ。何かがあるな、くらいで辺は真っ白です。
こんな中で、体育のサッカーを行ったり、自転車に乗れるはずがありません。
今では社会人になり、サングラスの仕様が抵抗なく行えるようになりました。
しかし学生時代にサングラスをかけると、「何かっこつけているの!?」
などと言われる事が多々ありました。
今まで生きてきて僕は思います。
障害者がこの世の中で生きるには、環境と人の理解が必要。
そして、人間は無限にいて、価値観が全て違う。
心に傷をつけずに生きるなんて、健常人でも無理な事。
つまり。
柔軟に流し、細かいことを気にしないで生きる必要がある。


今回の記事は長くなりましたね。
最後まで読んで下さりありがとうございました。


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